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安心できる友達との時間


先週の土曜日、

保育園時代のお友達が

我が家に来てくれました。

最近は月1ペースで遊んでもらっている

仲良し親子です。


今回は昼前に集合をして

みんなで餃子作り。


ママさんが餃子が得意だとのことで

味付けは完全にお任せをして。

(得意よ~!と胸を張って言える

料理があるってうらやましい・・!)


ワイワイおしゃべりをしながら

みんなで餃子を包み

美味しく食べて、

とても楽しいランチでした。


そこからは

子供同士で秘密基地を作ったり

積み木遊びをしたり、

娘も久しぶりにすごく楽しそうな様子。


このお友達とは小学校は別々だし

優しくて愉快な子なので

娘にプレッシャーをかけられることもなく

安心してお誘いできるのが本当にありがたい。


小さな保育園で

1歳半から毎日一緒に過ごした子だから

居心地が良いのも当然ですよね。


夕方にはスーパーに買い出しに行って

晩御飯もお惣菜パーティー。


最後は二人でお風呂に入って。

小一時間くらいあがってこないので

溺れてない・・?と何度か覗きに行きましたが

楽しそうに水遊びをしていました。


1日を通して

とにかく娘の笑顔が沢山みられて

私も嬉しかったです。


親では引き出すことのできない、娘らしさ


友達と遊ぶ娘を見て思い出したのが

作家の平野啓一郎さんが提唱している

「分人」という概念でした。


分人とは・・

「自分らしさ」というのは

固定化されているものではなく

相手や環境によって色々な自分になる。

そのどれもが本当の自分で

色々な面の集合体が「個人」である。

というような概念。


私はこの考え方がすごく好きで。


「この人といる時の自分が好きだな~」

と感じるときには、そんな自分、

そして

その自分を引き出してくれる

相手のことを大事にしようと思えるし、


自分の情けなさを感じた時や

仕事で嫌なことがあった際には、

「でも自分には他の良い面もあるし。」

「私の分人はかなりハッピーですからね。」

と、自分でいることに疲れないための

手段としてもよく思い出しています。


本も面白いので

気になる方はぜひ読んでみてほしい。

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書 2172) | 平野 啓一郎 |本 | 通販 | Amazon


娘を見ていても

家族といる時は甘えん坊ですが

保育園時代の友達と遊べば

家ではみられないはしゃぎ方をしたり、

しっかり者になったり。


まさに分人。


家の外では

「いい子でいなきゃ」の呪いが

少し強い?と心配に思う事もありますが

そういう『ちゃんとしている自分』に

充実感を得ている部分もあるのだと思います。


どういう時にどんな気持ちになるか

どういう自分でいられるのか、

色々な自分を発見していくことは

長い人生を自分らしく生きてくための

大事な基盤になるはず。


だから今回のように

学校にいけない娘に

親では引き出せない娘らしい時間を

作ってくれるお友達の存在は

本当にありがたい。


学校の友達と過ごす時間は

まだ少し緊張がみられる娘ですが

新たな環境へのわくわくも

少なからずあるはずで。


学校というのは

新たな自分を沢山発見できるという

効能がとても大きな場所かなと思います。


また戻れる日が来たら良いなあ・・と

改めて思ったのでした。


何はともあれ

娘の楽しそうな姿を見られて幸せな週末でした。


ワンオペの平日がまた始まりましたが

ぼちぼち頑張りたいと思います。


今日も最後まで読んで下さり

ありがとうございました。


▶筆者について

医療系メーカー勤務(現在休職中)。

小1娘の不登校の経験や

児童精神科での治療について

記録しています。

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