学校へ行かないことよりも、
私が1番心をすり減らしたのが
娘の癇癪でした。
娘は元々、穏やかで優しくて、
歳の割に大人びているようなところが
ある子でしたが、
行き渋りがひどくになるにつれて
ちょっとしたことで癇癪を起こすようになりました。
まるで赤ちゃん返りをして
イヤイヤ期が戻ってきたようでしたが、
6歳児が全力で泣き叫ぶので
それはそれはすごい迫力。
毎日のようにあった癇癪ですが
特に印象に残っているのは2つの事件です。
①さつまいも事件
私の実母が手伝いに来てくれた時のこと。
私と娘はSwitchでピクミン4、
母はキッチンでお料理をしてくれていました。
そんな時、古いさつまいもを見つけた母が
「このさつまいもは処分していいかな?」
と私に質問します。
なんてことない投げかけ。
でも、娘には
『ママとのゲーム時間を邪魔された!』と
感じられたようで
私の母に大激怒し、
「今から4時間トイレ行っちゃダメ!」
「ばぁばもピクミン1人でやって!」
「今涙を拭いたティッシュを
新品みたいに箱に戻して!」
との無理な指令。
どうやっても宥めることができず、
娘が泣き叫ぶのを
私と母で呆然と眺めることしかできませんでした。
初めの頃は、
癇癪が始まったら
彼女の気持ちを代弁したり
うんうん、と話を聞いてやったり、
思いつく限りのことを試したのですが、
何をしても火に油をそそぐだけ。
結局は時間薬で、
そばにいながら
落ち着くの待つしかありませんでした。
(私が別室に行くなど
娘1人でクールダウンする方法があると
アドバイスを頂いたこともありましたが
娘の場合は離れたら離れたで怒るので、
基本は側で見守る対応をとりました。)
②たこ焼き事件
とある日曜日、家族3人でたこ焼きをしていたとき。
娘が「私が生地を流し込む!」と
宣言していたのを聞き逃した私が
代わりにそれをしてしまったのでした。
それを見た娘は大激怒。
焼け始めたたこ焼きを机の上に直に取り出し、
お箸でぐちゃにぐちゃにしてしまいました。
もう食べられる状態ではありません。
完全に私が悪いのですが、
食べ物をそんな風に扱うなんて
今までの娘では有り得なかったこと。
ショックでした。
それまで娘の前では
泣かないようにしていましたが
「この子は一体何者なのか・・」
「どうしてこんな事になったのか・・」と
悲しくて仕方がなく
涙を堪えられませんでした。
この頃の娘は
とにかく「自制が効かない」という感じで
暴れ出したら30分くらいは
怒り泣いて、叫び続けることもザラでした。
娘だって
怒りたくて怒っているわけじゃない
ストレスが溜まっているせいだと
頭ではわかるのですが。
毎日神経を使いながら生活して、
うっかり気に触ることをしてしまえば
大音量の泣き声を聞かされ、
超絶理不尽な要求をされ続ける。
私の苛立ちは悟られないよう、
娘の豹変が悲しくても涙がこぼれないよう、
ひたすらに感情を押さえて見守る。
まるで修行です。
そしてこの2つの事件の時は
夫や母がいてくれましたが、
平日の夫は忙しく、実家も遠方。
基本はワンオペだったので
2人で家に篭りきりです。
逃げ場がなく
私のストレスは溜まる一方でした。
(きっとこれ読んでくださっている皆さんもそうですよね)
うまく笑えない、
娘のことも可愛いとも思えない、
遊びに誘われるのも苦痛。
我慢ならなくて声を荒げたことも
たくさん有ります。
ベランダから飛び降りたいなと
よぎってしまうくらい、
本当にきつかった。
その後、
こちらの記事で(体調不良②音声チック)書いたように
エビリファイというお薬を
7月末から飲み始めます。
気持ちを落ち着ける作用があり、
娘の場合は服用から1週間ほどで
癇癪の頻度が激減しました。
そして飲み続けるうちに
癇癪の頻度と程度が、
ともにみるみる改善していきます。
この記事を書いているのが
9月22日ですが、
この1週間は全く癇癪がありませんでした。
不登校になって以来、
こんなに平和な期間が続いたのは初めて。
娘のことを心から可愛いと
思える日々がようやく戻ってきました。
癇癪に悩まされている時は
真っ暗闇を彷徨うような感覚でしたが、
娘本人の回復する力と、
医療の力の合わせ技で?
1歩1歩進んでいたようです。
まだ学校には通えない娘ですが、
笑って毎日を過ごせることが何よりも尊い。
あの日々のおかげで
幸せのハードルが下がったことは
とてもありがたいことだなと思っています。
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